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お話を載せるブログです

5.十分に幸せ

 

 

 ふと、何かの拍子に夢から目覚める。暖かい秋の一日に戻ったかのような日差しの中で、当てもなく兄と弟と散歩をしていたような気がする。そんな夢を見たのだろう。少し前の記憶を脳が楽しかった夢として再生していたのかもしれない。目を開けると、母が張り切って行ったクリスマスの飾りつけがにぎやかなリビングが見えた。小ぶりなクリスマスツリーには、母に言われ欲しいものを書かされたクリスマスカードやオーナメントが飾られている。夜になればピカピカ光る。昼寝用の布団の中には僕以外に兄と弟が両脇にいた。少し足りない分は兄が長座布団で補っていた。弟は僕の手をぎゅっと握って眠っていた。兄は僕たちの方に体を向けて眠っていて、口元には笑みを浮かべていた。ハンバーグの匂いがした。コトコトと、何かを鍋で煮る音も聞こえてきた。

 僕はゆっくりと体を起こした。それに台所に居た母が気付くとこちらを向き、「もう晩御飯の時間よ」と言った。僕が体を起こしたので、兄も目を覚まし、弟はダンゴムシのように丸まった。

 

 

―十分に幸せ―

 

「お出かけしたから疲れたのね。みんなでぐっすり寝て」

 

 母はそう言うとリビングの明かりをつけて、兄に布団をしまうように言った。弟はまだ丸まっていたので、僕が起きろと弟の手を取り布団から引きずり出してやった。

 

「おにいちゃん痛いぃ」

 

 腕を引っ張られた弟はそう言いながらよろよろソファまで行くと、また丸くなった。それに僕が「もうご飯だぞ。寝るな」と言うと、弟は「ポニーと遊んで疲れちゃったんだもん」と、おばあちゃん家で飼っているポメラニアンのポニーとずっとはしゃいで遊んでいたことを理由に重たそうな瞼を再び閉じた。ほんとは僕もポニーと遊びたかったのに、お前がボール投げにかけっこに。ポニーをあちこち連れまわしていたんじゃないかと、そう思いながら母に弟が起きない事を言いつけると、母は笑って僕と弟に自室に居るという父を呼んでくるように言った。

 

「お兄ちゃん、お皿出して」

「分かった」

 

 先日、僕は母が気に入っていたお皿を割ってしまった。カラフルな模様が綺麗な丸いお皿。ふとテレビに気を取られた一瞬に、その少し重たかった皿は僕の手をすり抜けていった。そして皿が僕の手からすり抜けていった時の僕は、まるで海の中でゆらゆら揺れている海藻の様に体がくねくねになった。驚いて腰が引けたのかもしれない。何とか落ちゆく皿を捕まえようとしたつもりだったのだが、それはあまりにも一瞬の出来事だった。

 僕はそんな事を思いながら、ぐずる弟の手を引いてリビングとは打って変わって冷え込んでいる廊下に出た。弟は「さみーっ!」と声をあげて、ぴょんぴょん跳ねるような変な歩き方をして、僕より先に一階にある父の自室へと向かっていった。小さな父の自室には、小さなノートパソコンと沢山の本といくつかのお酒があった。秘密基地が欲しかったんだと、引っ越してきた父はこの部屋の使い道を考えていた母に提案した。母はガーデニングが趣味なので、それに嫌な顔をしないならいいわと言うと、父に握手を求めた。それに父が応え、ここは父の秘密基地になったのだ。

 秘密基地の小さなテーブルの四隅には、コーヒーがわずかに残っている父の大きなマグカップと、雪だるまに小さな女の子が抱き付いているスノードームが置かれていた。父はどうやら眠っていたらしい。弟が「起きなきゃだめでしょ!もう晩御飯なんだから!」と、母と思われる真似をして、起きたばかりの父の腕を叩いていた。

 

「うおー……寝ちゃってたかぁ」

 

 父はそう言うと膝に乗ってきた弟の頭を撫で、頭の上に乗せていた眼鏡をかけた。

 

「お父さんも僕らと一緒に布団で寝ればよかったのに」

「だなぁ。体が痛いわ」

 

 父の横には閉じた本が置かれていた。父は本を読んでいる途中で眠ってしまったのだろう。父は弟に「お母さんにウイスキー飲んでいいか聞いてきて」と言うと、膝の上からどけた弟の尻を叩いた。それに僕が続こうとすると、「あ、ちょいちょい」と僕を引き止め、「クリスマスプレゼント、ほんとにあれでいいのか?サンタさんは、もっと楽しいものをあげたいって思ってると思うぞ」と聞いてきた。それに僕は「サンタはお父さんでしょ。だったら僕、お皿が良い。お母さんにお皿あげたい」と返した。それに父は少し困ったように笑うと、「もしお父さんがサンタさんなら、お父さんがお母さんへのプレゼントでお皿あげたいんだけどな。もともとあれもお父さんがお母さんに買ってあげたものだし」と言うので、「でも、割っちゃったの僕だもん」と、あの時の気持ちが蘇ってきて泣きたいような気持ちになっていると、弟が走って戻ってきて、「いいってッ!」と言うと、俯いていた僕に勢いよく抱き付いてきた。

 

「いったいだろ!」

「さっきのお返しだもん」

 

 弟はそう言うと顔をあげてにこっと笑みを浮かべた。得意気な顔に腹立たしくなったので、小さな鼻を思い切り摘み上げた。ふと父を見ると、ケースに並べていたウイスキーの瓶を取り出していた。その瓶はハンドベルのような形をしていて、クリスマスを理由に父が母に買うのを許してもらった少し良いウイスキーらしいけど、僕にはよく分からない。でも、父は嬉しそうに僕らの後ろを歩いていた。

 クリスマスカードに、兄は新しいゲーム、弟は妹と書いていた。お父さんがサンタなのに、妹をねだるとは弟はバカだと思った。赤ちゃんがどこから来るのか、僕はもう知っている。弟は知らないかもしれないけど、僕に弟をくれたのはなんとお母さんだったのだ。とても不思議だったけど、ポニーも赤ちゃんを産んだし。弟が欲しいという『妹』は元々は赤ちゃんで……つまり、赤ちゃんが欲しいならお母さんにお願いしないといけないんだ。僕はお母さんの大きかったお腹をよく触った。お母さんの中で赤ちゃんだった弟は、もうすっかり生意気な奴になってしまった。

 

「おにいぃちゃん!」

「ふふ。なんだよ」

 

 リビングで母の手伝いをしていた兄に、弟が甘えた。弟は僕だけのものだった兄を自分のものにもした。それが寂しかった時に、兄は僕に弟はかわいいもんだろ。俺もそうだったよ。と言われた。それでなんだか、得意になった。

 そうだ。ああ、そうだ。と、今思い出した。僕もサンタがまだ父だと知らなかった時、クリスマスのカードに『弟が欲しい』と書いた。弟は僕と同じになるのだ。来年の今頃にはもしかしたら可愛い妹がいるかもしれない。弟とは比べ物にならない位、可愛い妹が。

 

「すごいなぁ。さすがお母さん」

 

 父は席に着くとテーブルの上に並べられた料理を眺め、上機嫌に母を褒めた。それに母は「みんなが寝てる間に頑張ったからねぇ」と言い、大きな氷が入ったグラスにウイスキーを注ぎ、一度マドラーでかき混ぜた後、富士山の水と書かれたペットボトルに入っていた水をグラスに注ぎ、再びマドラーでかき混ぜた。母が慣れた様子でお酒を作るのを、父はうっとりした顔で眺めていた。

 

「ありがと」

「どういたしまして」 

 

 今日の二人はいつにも増して幸せそうだと、二人を見ながら思っていると、兄が「ほら」と言ってオレンジジュースを入れたコップをくれた。弟も兄がくれたコップを受け取り、それを見た母は「じゃあ乾杯しましょ」と言い、兄が渡したコップを受け取って前に出した。

 

 

 乾杯が終わると、短い冬休みの予定を母が話し始めた。年末の掃除は大がかりなのでみんないい子に手伝う事とか、それでいて宿題は年が明ける前に終わらせてしまいなさいとか。と言うのも、年が明けてからいとこたちと二泊三日でスキーをしに行き、そのあとはいとこの家に行き一泊した後、再びおばあちゃん家に泊まりに行くからだ。おばあちゃん家に行く途中で一度家に帰ってはくるが、宿題をするような時間はない。なんでこんな忙しい予定を組むことになったかというと、来年の春に近所に住むいとこ家族が海外へ引っ越すことがあり、またいつ一緒に遊べるか分からないからという理由からだ。おばあちゃん家にも、いとこたちと行く。

 

「ケーキ食べたらすぐ寝ちゃわないで少しでも宿題しておきなさいね。その前にお風呂だけど」

 

 母は今日出かける前に作っていた丸太と言うよりは切り株のような形をしたブッシュドノエルを冷蔵庫から取り出し、テーブルに置くとそう言った。まだ幼稚園生の弟と、今年一年生になったばかりの僕は大したことないけど、五年生の兄は少し大変そうだったが、もうほとんど終わりそうだと母に話していて、すごいなと思った。

 

「あれ?このお皿……」

 

 母がケーキを小皿に切り分けていくと、ケーキが乗っていた皿が、僕が割った皿にそっくりだったことに気づき、母が僕にケーキを手渡しながら笑んだ。

 

「いっちゃんたち春にお引越しするでしょ。その準備をもうしてるらしいんだけどね、あのお皿って元々いっちゃんと一緒におそろいで選んだものだったのよ。で、お皿割った時も丁度うちに居てうちのお皿が割れたのも知ってたからか、うちではあまり使う機会がないからって。くれたのよ」

「そうだったんだ……」

「そういう事。だから、お皿のプレセントは間に合ってます。ハルサンタさん」

 

 僕はサンタじゃないよと、そう思いながら僕はどうしたらいいんだろうと思い父を見ると、少し酔っぱらった父が「だから言ったろ。何が欲しいんだ?」と聞いてきて。それに僕はふと口のまわりにチョコクリームをたっぷりつけ、小さな口を精一杯開けて幸せそうにケーキを食べる弟を見た。僕の視線に気付いた弟が、「なぁに?」と聞いてきたので、僕は「妹がいいな」と、ただそう答えた。

 小さな声で答えた僕の声がよく聞き取れなかったのか、母が「ん?」と小首を傾げたので、僕はなんだかわくわくした気持ちが抑えられないようなそんな気分と、弟がお腹に居た時の母の大変さも子供ながらに見ていたので、多少の不安みたいなものがあったのだが、父が優しく母に「ハルは妹が欲しいんだって」と言い、それに母が「あら」と言って笑みを零したので、僕はなんだか恥ずかしいような嬉しいような気持ちで胸がいっぱいになって、笑みを零さずにはいられなかった。

 

「お兄ちゃんも妹が欲しいんだ。明日起きたら靴下の中に入ってるのかな?」

「そんな訳ないだろ。バカ」

「僕バカじゃないもん!」

 

 別に弟に不満があるわけじゃないけどと、そう思いながら可愛い妹が居てくれたらもっと楽しくなるんだろうなと思った。そして、僕みたいに弟が「お兄ちゃん」と呼ばれるのかと、そう思ったらなんだかおかしくてたまらなかった。

 

「もし妹ができたら、みんな優しくしてあげてね」

 

 母がそう言うと、弟は瞳を輝かせ何度も頷き、兄は「たぶん今までで一番可愛がると思うよ」と言い、僕は「僕が一番面倒見る!だってもう一年生だもん!」と、立ち上がって言った。それに父が笑い、母も笑みをたたえ僕たちを愛おしそうに見つめた。

 

 

おしまい